【7年間の軌跡】一級建築士合格までの経験と、諦めないために必要なこと

「一級建築士は一発合格して当たり前」
「がむしゃらに勉強すれば、誰でも受かる」

SNSや合格者ブログでそんな言葉を目にして、「自分はこんなに頑張っているのに、なぜ……」と焦りや不安を感じていませんか? この記事は、まさにそんな思いを抱えているあなたに向けて書いています。

ara

こんにちは、一級建築士のaraです。今回は私が一級建築士に合格するまでの7年間を、隠さずすべてお話しします。

私は一級建築士試験に合格するまで、7年間(計7回)受験しました。学科試験は4回受験して2回合格、製図試験は5回挑戦してようやく合格を掴んでいます。

製図試験での角番落ち、学科試験でのわずか1〜2点差の足切り。

絶望を何度も味わいながらも、ようやく合格を掴み取ることができました。

この記事では、私の「7年間の失敗と成功」をすべてさらけ出します

これから受験する方、合格できずに苦しんでいる方、諦めかけている方の一助になれば幸いです。

目次

7年間の受験軌跡 ─ 全体像

まずは私の7年間の流れを一覧で見ていただきます。

学科試験製図試験通った資格学校
1年目1回目:95点(総合点足切り)総合資格学院
2年目2回目:合格 ✅1回目:ランクⅢ総合資格学院
3年目学科免除2回目:致命的ミス総合資格学院
4年目学科免除3回目:角番落ち ❌全日本建築士会
5年目3回目:96点(設備1点足切り)TAC
6年目4回目:合格 ✅4回目:ランクⅣTAC
7年目学科免除5回目:合格 🎉TAC

「角番」とは:製図試験で3回連続不合格になると、学科試験の免除期間がリセットされ、学科試験から再受験することになる制度です。受験者にとって最も重い節目です。

私の一級建築士合格までの道のり

私のキャリアは建築施工管理職から始まりました。最初の職場で出会った上司が一級建築士で、その豊富な知識とテキパキと現場を動かす姿に、新入社員ながら強い憧れを抱きました。

「いつか自分も、あの人のようなプロになりたい」。それが全ての始まりでした。

【1年目】学科試験:95点で「総合点足切り」の衝撃

総合資格学院に入会し、社会人としての生活を送りながら、膨大なテキストと宿題をこなす日々が始まりました。

試験1ヶ月前には模試で90点以上を安定して取れるようになり、「このまま突破できる」と確信していました。

そして、本試験の結果は95点。合格を確信したのも束の間、その年の合格基準点(足切り点)は97点でした。

わずか2点。一年間の努力が報われなかった落胆は大きく、製図試験へ進む仲間たちをただ羨むしかありませんでした。

【2年目】学科合格:病室で掴んだチャンス

2年目は総合資格学院の選抜クラスに入り、高いモチベーションを維持していました。

ところが、試験直前の6月下旬に猛烈な腹痛に襲われ、盲腸炎で緊急入院。「10日間の安静」を言い渡されました。

絶望的な状況でしたが、友人に頼んで勉強道具を病室に持ち込んでもらいました。

「この入院時間を、すべて勉強に充てられる」 そう発想を切り替えて集中した結果、ついに学科試験を突破。

逆境が味方をした瞬間でした。

【2〜4年目】製図試験への挑戦と「角番」の重圧

製図1年目(2年目):駐輪場の記載漏れでランクⅢ

学科合格の余韻に浸る間もなく、総合資格学院の製図コースへ。しかし課題は一度もA評価を取れず、本試験では「駐輪場の記載漏れ」という重大なミスでランクⅢ

本試験はおもったよりも難しくない印象がありましたが、ミスのチェックが甘かったです。

製図2年目(3年目):転勤と結婚、致命的ミス

転勤と結婚が重なり、多忙を極めた年。月100時間の残業をこなしながら受験しましたが、準備不足は否めず、採点会で致命的なミスが発覚

製図3年目(4年目・角番):全日本建築士会で挑戦するも不合格

後がない「角番」。金銭的理由から全日本建築士会(建築士向けの教育団体・通信講座を提供)に学校を変えましたが、モチベーションを維持できず、結果は不合格。

学科からのやり直しが確定し、目の前が真っ暗になりました。

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全日本建築士会の問題は、本試験問題の難易度とも近いので決して悪くはなかったのですが、私生活でもトラブルがあったこともあり、自分のモチベーションが足りませんでした。

【5年目】TACでリベンジ開始、「隙間時間」の発見と設備1点足切り

一級建築士を一度は諦めようと考えましたが、「一生後悔する」と思い直し再起。

心機一転、TACに切り替えてリベンジが始まりました。

当時の生活は「朝6時出勤、24時帰宅」。家での勉強時間は皆無でしたが、

  • 通勤電車での60分
  • 昼休みの30分
  • 移動中の5分

この徹底した「隙間時間」の活用により、知識を呼び戻しました。

そして、その年の学科は総合点96点。手応えはありましたが、なんと環境設備が10点で「1点の足切り」

この試験の恐ろしさを改めて痛感しました。

このときの「隙間時間学習」の経験は、その後の合格への大きな武器となりました。

具体的な教材選びと学習法はこちらの記事にまとめています。

【6年目】TAC継続で学科再合格、製図での「まさか」の落とし穴

ここまできたら受かるまで絶対に諦めない!』という不退転の決意で迎えた6年目。

学科試験:TAC通学で2度目の学科合格

前年の「1点差での足切り」という悔しさをバネに、TACでの学習と積み上げた「隙間時間」の習慣をフル活用。

計画的な学習が実を結び、TAC通学で2度目の学科試験合格を勝ち取りました。

製図試験:高さ制限の見落としでランクⅣ

この勢いのまま合格を掴み取るため、TACの製図短期コースに入会。転職という大きなライフイベントが重なりましたが、仕事の合間を縫って必死に食らいつきました。

模試の成績も安定し、手応えを感じながら本試験に臨んだのです。

しかし、結果は非情な「ランクⅣ」でした。

原因は、高さ制限(斜線制限)という、あまりにも初歩的なミス。「自分は大丈夫」という慢心があったのかもしれません。

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試験後の私を迎え、真っ青になって帰宅した私の姿を見た妻は、「早く栄養があるものを食べさせないといけないと思った」と後日語っていました。

このときの失敗から得た教訓は、製図試験のチェック手法を体系化することの重要性でした。

詳しくはこちらの記事にまとめています。

【7年目】ついに掴んだ合格

背水の陣で臨むため、製図は実績のあるTACの長期コースを選択しました。

転職により残業が減り、会社も試験前に学習時間を確保してくれるなど、環境が整ったことも大きかったです。

「今回こそ、絶対に落ちるわけにはいかない」 そのプレッシャーを力に変え、7年目でようやく「一級建築士合格」の文字を拝むことができました。

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合格を知った瞬間、思わず声を上げました。妻が一緒に喜んでくれた光景は、一生忘れません。

製図試験のエスキスや時間管理のコツは、こちらの記事で詳しく解説しています。

7年間で学んだ5つの教訓

7年間の失敗と成功を経て、これから受験する方に伝えたい教訓を5つにまとめました。

教訓① 教材は「使い切れるか」で選ぶ

総合資格学院・全日本建築士会・TACの3校を経験して分かったのは、教材の優劣よりも「自分が信じて使い切れるかどうか」が合否を分けるということ。次々と新しい教材に手を出すよりも、選んだ1冊・1校をやり切る覚悟が大切です。

教訓② スキマ時間こそ最強の武器

朝6時出勤・24時帰宅の生活でも、通勤60分・昼休み30分・移動5分の積み重ねで知識を取り戻せました。「机に向かう時間がない」を言い訳にせず、移動時間や休憩時間をどう活用するかが勝負の分かれ目です。

教訓③ 「角番」のプレッシャーは戦略で乗り切る

角番でモチベーションが崩れた失敗から学んだのは、精神論ではなく学習環境とスケジュール設計の重要性。「気合いで乗り切る」のではなく、淡々と計画通りに学習を続けられる仕組みが必要です。

教訓④ 諦めかけたら「やめた後の自分」を想像する

角番落ちで一度は諦めようと考えましたが、「一生後悔する」と思えた瞬間が再起の起点でした。感情に流されるのではなく、未来の自分の視点で「やめてもいいのか」を問い直すと、答えは自然と見えてきます。

教訓⑤ 環境を整える努力も実力のうち

7年目は転職と会社の協力で学習時間が確保できたことが大きな転機でした。仕事・家庭・学習を切り離さず、味方につける。家族の理解や職場の協力を得ることも、合格戦略の重要な一部です。

まとめ:一級建築士試験とは「諦めなかった者」への切符

私の7年間を振り返り、これから受験する方へ伝えたいことがあります。

正直、この試験は努力だけではなく、当日の運も関係します。

がむしゃらに勉強して合格する人もいれば、後一歩で不合格が続く方もいます。

しかし、「どれだけの熱量を持って、諦めずに土俵に立ち続けたか」が、合格率を1%ずつ引き上げていくのだと確信しています。

私のこの経験が、今頑張っているあなたの一助となることを願っています。

具体的な学習法・教材選び・科目別の攻略法は、以下の記事で詳しく解説しています。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

ゼネコンの現場管理を8年経験後、他社のゼネコン内勤に転職。
保有資格は一級建築士、一級施工管理技士

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